大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)6579号 判決 1986年2月27日
原告
酒井利昭
被告
興亜火災海上保険株式会社
主文
一 被告は原告に対し、金七一六万円及びこれに対する昭和六〇年六月七日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主文第一項、第二項と同旨
2 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 保険契約締結
原告は、保険会社である被告との間で、自己の保有する普通乗用自動車(神戸五八さ六六一号、以下「本件車両」という。)につき、保険期間を昭和五五年二月一二日から昭和五七年三月一二日までとする自動車損害賠償責任保険契約(証明書番号四一〇〇八九六三二一、以下「自賠責保険」という。)を締結した。
2 交通事故の発生
(一) 日時 昭和五六年三月二八日午後六時三〇分頃
(二) 場所 兵庫県多紀郡丹南牛ケ瀬八〇の二先路上
(三) 加害車 普通乗用自動車(神戸五八さ六六一号、以下「本件車両」という。)
右運転者 酒井亨
(四) 被害者 加藤ちよ
(五) 態様 本件車両が、横断歩道を歩行中の加藤ちよに衝突し同女を後記のとおり負傷させたもの。
3 加藤ちよの損害
(一) 本件事故により、加藤ちよは背髄損傷等の傷害を負い、治療を受けたが、下半身麻痺等の後遺症状が固定し、自賠責保険手続上自賠法施行令二条別表等級(以下単に「等級」ともいう。)一級八号に該当すると認定された。
(二) 加藤ちよの右後遺障害に基づく損害額は次のとおり少なくとも四三八八万五八三三円であり、本件車両を保有していた原告は、これにつき運行供用者責任を負うものである。
(1) 逸失利益
加藤ちよは、本件事故当時一九九万五六〇〇円の年収(同年齢の女子平均賃金と同額)を得ていたが、前記後遺症障害のため、その労働能力を一〇〇パーセント喪失したものであるところ、原告の就労可能年数は後遺症状固定後平均余命の約二分の一である八年間と考えられるから、原告の後遺障害に基づく逸失利益を年別のホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、左記算式のとおり一三一四万八二一〇円となる。
(算式)
一九九万五六〇〇×六・五八八六=一三一四万八二一〇
(2) 付添看護費及び雑費
一日当り三五〇〇円の一六年分、ホフマン方式により年五分の割合の中間利息を控除すると左記算式のとおり一四七三万七六二三円となる。
(算式)
三五〇〇×三六五×一一・五三六三=一四七三万七六二三
(3) 慰藉料 一六〇〇万円
4 示談成立、支払
原告は、加藤ちよとの間で、昭和六〇年五月二四日、同女の右損害につき、既払額(一二八四万円)のほかに三〇〇〇万円の支払義務があることを認める旨の示談を成立させ、同日内金二一〇〇万円の支払を了した。
5 被告の支払
(一) 被告は、加藤ちよに対し、自賠責保険金一二八四万円の支払をなしたので、原告は、被告に対し、昭和六〇年六月六日、自賠責保険の後遺障害等級一級の保険金限度額二〇〇〇万円から右既払の一二八四万円を控除した七一六万円の支払を求めた。
(二) しかるに、被告は、自賠責査定要綱に基づき右支払を拒絶しているが、自賠責査定要綱は被告の内部的基準に過ぎないから保険契約者を拘束するものではなく、適正な損害賠償額が右査定要綱に基づく額を超える時は、被告は原告に対し、保険金限度額までは支払をするべきである。
6 よつて、原告は被告に対し、自賠責保険金七一六万円及びこれに対する支払請求の日の翌日である昭和六〇年六月七日から支払済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求の原因1及び2は認める。
2 同3(一)は認めるが、(二)は争う。
3 同4は不知。
4 同5(一)は認める。(二)の内被告が支払を拒絶したことは認めるが、その余は争う。
5 同6は争う。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 保険契約の締結
請求の原因1は当事者間に争いがない。
二 交通事故の発生
請求の原因2は当事者間に争いがない。
三 加藤ちよの受傷、後遺症
請求原因3(一)は当事者間に争いがない。
四 示談の成立
原告が、本件車両を保有していたことは当事者間に争いがないから、原告は、本件車両を自己のために運行の用に供していたものであり、自賠法三条の規定により、加藤ちよの本件事故に基づく損害を賠償する責任があるところ、いずれも成立に争いのない甲第四号証及び第五号証、証人加藤昌男の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、原告の代理人弁護士藤井勲と加藤ちよの代理人弁護士植木幹夫との間で、昭和六〇年五月二四日、原告は加藤ちよに対し、既払額及び治療費を除いて三〇〇〇万円を支払う旨の示談契約を締結し、前同日、原告は、内二一〇〇万円の支払を了したことが認められる。
五 加藤ちよの損害
そこで、右示談に基づく支払の相当性を判断するため、加藤ちよが本件事故により被つた後遺障害に基づく損害額を算定する。
(一) 逸失利益
証人加藤昌男の証言により真正に成立したものと認められる甲第二一号証、同証言並びに弁論の全趣旨によれば、加藤ちよは、本件事故当時六五歳で、その兄(当時八八歳)と同居し、竹細工の仕事をするとともに家事にも携わり、少なくとも同年齢の女子平均賃金と同額程度の収入(昭和五六年賃金センサス産業計、企業規模計、学歴計女子六五歳の平均年収は一八〇万五二〇〇円である。)を得ていたものと推認されるところ、前記認定の後遺障害の部位程度によれば、加藤ちよは前記後遺症状の固定した昭和五八年八月一七日(当時六七歳)から少なくとも同年齢女子の平均余命(厚生省大臣官房統計情報部編昭和五八年簡易生命表の六七歳女子の平均余命は一六・七五年である。)の約二分の一である八年間就労可能であり、その間加藤ちよの後遺障害に基づく逸失利益を年別のホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、左記算定のとおり一一八九万三七四〇円となる。
(算式)
一八〇万五二〇〇×六・五八八六=一一八九万三七四〇
(二) 慰藉料
本件事故の態様、加藤ちよの後遺障害の内容程度その他諸般の事情を考えあわせると、加藤ちよの後遺症慰藉料額は一六〇〇万円とするのが相当であると認めらる。
(三) 右(一)及び(二)の合計額は二七八九万三七四〇円となるから、原告主張のその余の加藤ちよの損害について判断するまでもなく、原告が前記示誤契約に基づき被告になした二一〇〇万の支払は、適正な損害賠償であつたと認められる。
六 保険金請求
原告が被告に対し、昭和六〇年六月六日、自賠責保険の後遺障害等級一級の保険金限度額二〇〇〇万円から既に加藤ちよに支払われた一二八四万円を控除した七一六万円の支払を求めたが、被告がこれを支払わないことは、当事者間に争いがない。
成立に争いのない甲第八号証及び弁論の全趣旨によれば、被告が原告の右自賠法一五条の規定に基づく請求に応じないのは、自賠責査定要綱に基づき、加藤ちよの後遺障害による損害を一二八四万円と算定して、既に全額加藤ちよに支払済であることを理由としているものと認められる。
ところで、弁論の全趣旨によれば、自賠責査定要綱は、自賠責保険会社が、大量の保険金請求事件を公平かつ迅速に処理するため設けられた統一的な支払基準であり、右公平かつ迅速処理の必要上損害額の認定は定型的、定額的方法によつていることが多いものであるところ、加藤ちよの前記後遺障害による損害額の認定についても同様であると認められる。
しかしながら、裁判所は、交通事故の被害者の後遺障害に基づく損害額の認定に当り、自賠責査定要綱に基づき算定された損害額に拘束されるものではないから、裁判所の認定する被害者の実損害額が右査定に基づく算定損害額を超えることとなつても、自賠法施行令の定める保険金額の限度額以内であれば、被害者に右実損害額の支払をした被保険者の保険会社に対する保険金請求権を認めることができるものである。
従つて、適正な損害賠償額二一〇〇万円を被害者である加藤ちよに支払をした被保険者である原告は、被告保険会社に対し自賠法一五条の規定により、加藤ちよの後遺障害等級である一級の保険金の限度額二〇〇〇万円(本件事故発生当時実施の自賠法施行令による。)から既払額一二八四万円を控除した七一六万円の支払を請求することができると認められる。
七 よつて、原告の被告に対する保険金七一六万円及びこれに対する原告が被告に支払請求した日の翌日である昭和六〇年六月七日から支払済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 長谷川誠)